COLUMN

COLUMN1: 脳波計のイノベーションと未来を語る(関谷毅先生)

関谷 毅 先生
大阪大学 産業科学研究所 先進電子デバイス研究分野 教授
https://www.sekitani-lab.com/
 これまでの取り組みと脳波計測機器の研究開発の意義

 

――これまで取り組まれてきた先生の研究について教えてください。

電子が様々な物質の性質を左右することを高校時代に学び、固体物理学に興味を持ちました。学生時代は、超伝導体に磁力、温度、圧力を与えたときに電子の状態がどのように変化するかを詳細に調べるなど、理論と実験の両側面から一貫して固体物理を学びました。

博士課程を修了したのち、大学教員として、この固体物理学、電子状態の制御技術を活用した新しいエレクトロニクスの潮流である「フレキシブル・エレクトロニクス」の研究開発に携わることができました。本質的に柔らかい有機材料を高度に組み上げることで、ゴムのようにしなやかなエレクトロニクス(電子機器)を創る取り組みはとても難しく、有機導体の電子状態制御に魅了されました。

エレクトロニクスは通常、ケイ素で構成される硬い基板上に作製されることで、安定して動作するのですが、フレキシブル・エレクトロニクスはフィルム基板を用いるため本質的に柔らかく、安定動作させることがとても難しいことでした。これを、材料、プロセス、システム、情報処理など、様々な研究者が集い、一つ一つ課題を解決していく学際的異分野融合研究により、安定動作するフレキブル・エレクトロニクス技術を創り上げてきました。

 

――脳波計を開発した背景はどのようなものですか。

私のいる大阪大学は、医学と工学の連携がとても盛んです。多くの医師が新しい工学技術に興味を持ってくださり、また工学者は新しい医療に貢献したいと考え、日夜、医師との交流を行っています。その中で、多くの医師が、患者へ負担をかけることなく脳活動を正確に計測したいと考えておられること知りました。

脳活動に伴う脳波は、心電や筋電と比較して、3~4桁近く電気信号の強度が小さいため、正確に計測するためには、高価で大型の装置が必要でした。さらに、多くのケーブルが付いたヘッドギアをかぶらないといけないため、行動が制限されることも大きな課題として教えてもらいました。これを解決する手段として、フレキシブル・エレクトロニクスが使えるのではないかと発想しました。

実際、柔らかいエレクトロニクスは、軽量、薄型であり、肌に貼り付けても装着感や違和感が生じにくいため、この技術での脳波計を作製すれば、医師のニーズに応えられるのではないかと考えました。また、お子様の脳波計測をとても心配そうに見ておられるご両親様からも、薄くて柔らかい、まさに発熱した時におでこに貼り付ける「冷却ジェル」のような脳波計があれば、喜んで使ってみたいとお話しいただいたことも、幸いでした。このように多くのご要望をお聞かせいただき、フレキシブル脳波計(パッチ脳波計)が誕生しました。

 

――脳波計を開発する難しさについて教えていただけますか。

脳波は、心電や筋電と比べて3~4桁小さい信号ですから、外乱ノイズの影響を受けやすい性質があります。例えば、目が動いたり、筋肉が動いたりするだけで、脳波より1000倍も大きなノイズが発生してしまい、脳波を覆い隠してしまいます。この外乱ノイズの影響をいかに小さくするかが、研究開発のポイントになります。この時、情報処理などの技術がとても重要です。

また、どんなに良い計測器でも、肌から少しでも離れてしまっては脳波をただしく計測できなくなります。肌はとても繊細ですから、接着剤でしっかりと固定するわけにはいきません。そのために、ゴムのように伸縮自在で、金属のように電気を流し、そして肌からの水蒸気などは通過してくれる新しい柔軟な生体電極を開発しました。この電極により、肌に優しく、装着感を伴うことなく脳波が計測できるようになりました。大きなブレイクスルーであったと思います。

 

――脳波計測の意義について教えてください。

ご家庭では、体温計、体重計、血圧計があるため、自分自身の身体のことを客観的に知ることができます。一方で、これらの機器では、直接的に脳の活動状態を知ることは極めて困難だと思います。もしご家庭で、直接的に脳の活動を手軽に知ることができれば、もっともっと心も身体も健康管理ができるのではないかと思います。

高度な脳波計測は病院で行っていただくことが重要ですが、病院へ行くためにはご家庭内で手軽に用いることができる脳波計を常備しておくことが重要であると考えておりまして、パッチ脳波計をその役割を担えるのではないかと考えています。

 

 脳波計測の課題と未来

 

――脳波計の課題と将来展望についてお聞かせください。

脳活動を正確に計測するためには、大型で高価な計測装置が必要でした。ところがここ数年のデジタル技術の進化により、小型化され、装着が容易な脳波計が誕生しています。これからは、日常生活中でも、装着しながら脳波計測しても、正確に計測できることが求められています。

現状では、まだノイズをいつでも正確に除去することは困難ですから、情報処理技術や計測回路技術側に更なる研究開発が求められています。また装着していることを他者からもわからないようするための「見えない」脳波計の研究開発も重要です。超小型化したり、透明化したりする取り組みを進めています。

脳波計測は様々なシーンで使われることが想定されていますから、多種多様なタイプの脳波計が求められています。工学者として、そのニーズに応えていきたいと考えています。

ご家庭で誰もが手軽に自分自身の脳活動を知ることができれば、認知症などの中枢神経系疾患に気づいたり、心の不調にも気づいたりできるようになるかもしれません。自分自身の個性を創り出してくれている脳を見守り続けられるようにするために手軽な脳波計がお役に立てると良いなと思っています。