COLUMN

COLUMN3:睡眠研究の潮流と今後の睡眠医療について(千葉伸太郎先生)

千葉 伸太郎先生

太田総合病院記念研究所 太田睡眠科学センター所長
日本睡眠学会 認定専門医・理事・副理事長
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 耳鼻咽喉科専門医・耳鼻咽喉科専門研修指導医
日本鼻科学会 鼻科手術暫定指導医
日本遠隔医療学会 睡眠遠隔医療分科会 会長/Sleep Surgery 研究会 世話人代表

 千葉先生の睡眠研究に関するこれまでの取り組み

 

1992年に東京でいびき・無呼吸の国際会議が開かれ、その会議に参加したことがきっかけで主に睡眠時無呼吸(特に子供の睡眠時無呼吸)の研究に取り組んできました。

1968年に高橋康郎先生(精神神経科)より成長ホルモンの分泌と深睡眠の関係について研究成果が報告(J Clin Invest. 1968 Sep;47(9):2079-90.)されました。私が東京慈恵会医科大学の耳鼻咽喉科に在籍していたときに、同大学の精神科と共同で、子供の終夜ポリグラフ検査を行い、睡眠時脳波を基にした睡眠構造の解析と夜間の成長ホルモンの分泌について研究を行いました。重症の睡眠障害の子供では成長ホルモンの分泌が抑制されていますが、治療後に深睡眠が増えると成長ホルモンの分泌も増すという結果が得られ、「寝る子は育つ」というのは本当なんだなと感心した覚えがあります。

それ以降は、睡眠時無呼吸を中心に睡眠時脳波を使った研究に従事しました。例えば、眠気の客観的評価である睡眠潜時反復検査(MLST)の研究です。また、睡眠時無呼吸以外ですとアレルギー性鼻炎の睡眠構造と日中の眠気に関する研究、そして太田睡眠センターに移ってからは、企業との共同研究で、睡眠脳波を使って、睡眠薬の治験だけではなく、睡眠サプリ、マットレス、アロマなど、睡眠関連のグッズについても、その有効性の科学的検証にも取り組んできました。

今でもそうですが、睡眠は関連する領域が広く、さらに突き詰めるとひとつひとつが深く、学んでみて初めて知ることばかりで、非常に興味深く、とてもモチベーションが上がる研究領域でした。今日では様々な睡眠研究により、睡眠について少しずつ解明が進んできましたが、いまだに、わからないことが次々と新しく出てきます。例えば、睡眠時間と死亡率の関係についても肯定的な報告と、否定的な報告があり、睡眠について考えるにあたり、いまだ断片的なデータを我々は得ているに過ぎないのではないかと感じます。睡眠の研究については、広い視野、深い考察、新しい考え・方向性が必要な分野だと思います。

 

 睡眠研究の世界的な潮流について

 

――「Sleep Health」という新しい概念

一人一人の睡眠障害を診るという視点ではなく、睡眠を介して健康を維持する社会を作ることが重要であるという考え方です。

睡眠とは直接関係はありませんが、死亡率について、医療は10%程度しか関与しておらず、40%は環境や生活習慣に依存するという報告があります。一人一人の睡眠障害を治療することも大切ですが、睡眠の習慣を介して、集団としての健康維持に貢献しようという考え方によって、疫学的な研究と公的な医療政策を正しい方向に誘導することが注目されています。睡眠障害であれば、専門医療の施設で終夜睡眠ポリグラフを使って診断し治療する流れですが、集団的な健康となると終夜睡眠ポリグラフでは対処できません。そのため、現在は、コンシューマー向けのスリープテクノロジーの開発が進んでいます。スマホなど、できるだけ簡便で普及しやすいデバイスを使って集団の睡眠をチェックするのです。そうなると、在宅でできる睡眠検査が非常に重要になります。背景としては、技術面でAI解析ができるようになったことも大きいですが、世の中のために研究を進めようという流れが高まっています。

――睡眠における「パーソナライズド・メディシン」

次に、専門的な治療にも変化が起き始めていて、「パーソナライズド・メディシン」(個別化医療)が重視されてきています。Pheno type(表現型)、Geno type(遺伝子型)、最近ではさらに進んでThera type(治療反応型)、Regio type(地域型)など疾患の病態は多様であるとの考えが広まってきています。一人一人で病態が異なるので、正しい診断で分類をして、個人に対して適切で効率の良い治療をしようというのが個別化医療です。個別化医療については、個々の疾患ではエビデンスが十分ではありませんが、これから進めていくべき医療の形です。例えば、昨年の日本睡眠学会定期学術集会で、ブルーライトカット眼鏡に関する睡眠研究について報告しましたが、市販のブルーライトカット眼鏡が子供の入眠を早く誘導し、睡眠を改善する可能性を示唆するデータが得られています。医薬品や専門的な治療でなくとも、一人一人にあった治療をするために有効なデータを掘り起こす段階です。

私の専門分野ですと、OSA(閉塞性睡眠時無呼吸)について、これまではCPAPやマウスピースがコンセンサスを得られた治療法でした。それに対して、ここ2、3年注目を集めているのは、睡眠外科と言って手術で睡眠時無呼吸を改善する新しい治療法です。これも個別化医療の一例です。

また、子供の睡眠時無呼吸も注目分野です。子供の成長とともにその睡眠も成長していきますが、成長段階の睡眠障害は、その後の成長において大きな影響を与える可能性があります。決められた病態に対して治療するのではなくて、子供に関してはその成長段階の影響を予測しながら治療していくことが、非常に重要と考えられています。日本においては、子供の睡眠障害に対する認知がいまだに非常に低いです。子供全体の睡眠健康をどうやってチェックしていくかが課題です。

 

 日本人の睡眠の課題・現状

 

――未だ認識の低い子供の睡眠課題

今の診断・医学的な診断法でOSAとみなされる子供は2%程度いると推測されます。小児のOSAは、適切な睡眠習慣や呼吸習慣の欠如が関連するとされ、その結果、成長後や成人後にOSAが発症するリスクが上昇すると考えられています。このことは、残念ながら2019年に亡くなった睡眠時無呼吸症候群の提唱者であるスタンフォード大学のギルミノー先生が生前に強調されていたことで、小児がOSAを発症する前に、睡眠呼吸習慣をチェックすることが必要だという考えです。スクリーニングして発見することが課題なのです。

哺乳類は、鼻呼吸が適切な呼吸経路として設計されています。ただし、ヒトは口でも呼吸ができます。しかし、口で呼吸をする習慣を長く続けると、本来鼻呼吸によって正常に成長していく我々の体の器官の解剖と機能の成長がうまく進みません。その結果、徐々に正常な状態から離れていき、大人になっても後戻りできずOSAを発症してしまうのです。今、日本では、アレルギー性鼻炎の有病率が上がっており、鼻呼吸ができない子供がたくさんいます。アレルギー性鼻炎で口呼吸になったからといって直ちにOSAになるわけではありませんが、口呼吸を続けていると、本来の呼吸を維持するための仕組みがうまく育たないので、大人になると無呼吸を起こしやすい体質を作ってしまいます。結果的に、大人になって少し太り始めると、あっという間に重症のSAS(睡眠時無呼吸症候群)になってしまう人がでてきます。

一般的に日本人は睡眠時間が短いとされますが、背景として、日本では眠ることを大事にするという社会的コンセンサスが根付いていないことがあります。社会全体として睡眠が国民の健康に影響することに対し認識が低いです。そのため、働き方改革を進めて自由な時間が増えても、睡眠時間が増えるとは限りません。さまざまな資料を見ても、日本人の子供の睡眠時間が他国に比べると一番短かく、これは自分の子供の睡眠時間に無頓着な大人が多いことが原因であり、こどもたちは被害者です。昔はお年寄りと一緒に生活していて、子供は8時に寝なさいと言われて育ちましたが、今はそうしたことを伝える社会の意識が希薄になりました。

――社会的な意識の向上

睡眠に関する啓発をどう進めるかが課題です。私たちは、一般診療でお子さんを診るときに、保護者に子供の入眠・起床時間、生活スタイルを尋ねることがあります。小学校1年生が毎日9時半以降に就寝するのは良くないと伝えると、大抵の保護者はそれがなぜ良くないか最初は理解できません。でも、しっかりと説明するとそこで初めて気付いてもらえます。

今まで、睡眠を変えていこうとする社会的な取り組みは大きな動きにはなっていませんが、流れは起き始めています。行政の取り組みに期待するところが大きいですが、日本睡眠学会は睡眠科の標榜や睡眠健診の普及を提唱しています。睡眠障害の患者さんを診療するだけでなく、その前に、睡眠習慣も含め集団から睡眠に問題がある人を早めにスクリーニングし拾い上げていくべきと考えています。また、集団の健康を目指すという課題解決に向け、スリープテックやAIが後押しとなる可能性があります。

――日米の違い

1990年頃、日本の睡眠医療は、米国に15年遅れていると言われていました。1993年に米国政府は、睡眠障害の重要性を啓発し、睡眠に関する知識の普及を目指した「Wake Up America」(睡眠障害国家諮問委員会の報告)キャンペーンを展開しました。スペースシャトルチャレンジャーの事故があり、睡眠不足が誤った判断をもたらした一因であったというニュースが大きく取り上げられたことが大きな契機となりました。米国では睡眠医学が創設され、小学校でも睡眠教育が実施されるようになりました。当時から、両国の物事に対する取り組みの考え方、スピードが大きく違うと感じます。

昨年(2023年)になって、久しぶりに国際学会に出席するようになって気づいたことがあります。米国では、コロナの間に遠隔医療が進み、受診に対する患者さんの行動が変わりました。コロナ前の元に戻るのではなく、大きく違う方向に医療が進んでいるなと感じます。一方、日本の医療はコロナ前に戻ろうとしているようです。ITAIが米国での変化を後押しする大きな原動力になっています。日本はここでまた離されたと強く感じてしまいます。

 

 今後の睡眠医療について

 

求められる医療の形が変わりつつあります。日本でも、若い方々の望む医療がコロナ禍で大きく変わったと思います。以前は、決まり事のように病気になったら病院に行くことに誰も疑問を持たなかったのですが、コロナ禍の間に、病院に行かなくても一定の医療サービスを受けられるようにしてほしいという要望が大きくなりました。在宅医療と医療機関での受診を組み合わせた効率的な新たな医療を目指すべきだろうと考えます。

診断名の付く睡眠障害と、診断はされないものの不適切な睡眠習慣では境界が不明瞭で病態としてオーバーラップします。そのため、「Sleep Health」においては、疾患だけを扱うのではなく、医療とヘルスケアに対処するモデル(保険診療ではできないけれども、対応が必要であるという状態も一緒に対処する仕組み)が新たに必要だと思います。そこで、睡眠習慣も含めたスクリーニングが非常に重要になります。日本の健診システムはとてもよくできているので、睡眠検査を新たな検査項目として追加することで、実質の睡眠健診が直ぐにでき、かつ効果の高いアプローチになるだろうと思います。さらに、スクリーニング後の受け皿も重要であり、その受け皿となる、専門の睡眠医療機関の充実も非常に重要です。現在は、睡眠に問題がある場合に受診しようとしてもいったいどこに行っていいのか分からないというのが、日本の現状です。いまこそ、ぜひ、睡眠医療の「看板」となる「睡眠科」標榜が実現することを切に願っています。