COLUMN

COLUMN4:リハビリテーションにおける脳波バイオマーカーの開発に挑む(石井良平先生)

石井 良平先生

大阪公立大学
大学院リハビリテーション学研究科 リハビリテーション学専攻 教授
医学部 リハビリテーション学科 教授

 石井先生のこれまでの研究について


私は元々精神科医で、脳波・脳磁図の精神科領域での臨床応用について重点的に研究してきました。阪大病院勤務時には頭全体をカバーする19チャンネルの臨床用の脳波計を使って研究していましたが、阪大産研の関谷毅教授にお声がけいただき、パッチ式脳波計の開発に協力したことをきっかけに、ウェアラブル脳波計に興味を持つようになりました。

2019年に大阪府立大学(現:大阪公立大学)のリハビリテーション学科に異動し、リハビリテーションの客観的指標として脳波を用いることを目指した研究を開始しました。周りは皆作業療法士の先生方で、臨床検査技師がいないなかで19チャンネルの電極をつけて測定するのは、検者も被検者も大変です。そこで御社の簡便なパッチ式脳波計を紹介しましたところ、強い関心を持っていただき、この領域での活用が始まり現在に至ります。

―― Fmθの発見と研究

前頭正中部シータ律動(Fmθ)は、1972年に石原務先生が大阪で発見した脳波成分で、注意・集中状態のときに被検者の前頭部からθ波が持続的に出現する現象です。脳波の国際的な学術誌であるElectroencephalography and Clinical Neurophysiology(現:Clinical Neurophysiology)に報告され、国際的な脳波の教科書にも記載されています(1)。
府立大に来てパッチ式脳波計で前額部の脳波を測り始めた時に、真っ先に測定したのがFmθでした。被験者が集中して課題に取り組むと、パッチ式脳波計で前額部にFmθが明瞭に検出されます。リハビリテーションや作業療法をしている最中に被験者が集中できているかを評価する客観的な指標として、このパッチ式脳波計によるFmθの測定を応用するための基礎的な検討を続け、2023年に最初の結果を論文化しました(2)。

―― 研究において脳波を用いる意義

脳波は、脳の電気的な活動をリアルタイムで計測できること、そして非侵襲かつ低コストで計測できることが、その他の脳機能検査法と違った利点にあげられます。そうした利点を活かして、脳波は脳神経領域の臨床現場や基礎研究の領域で幅広く活用されています。精神科領域では主に精神神経疾患の補助診断や治療効果の判別、様々な症状に反映した脳波成分の評価あるいは高次脳機能の客観的指標として活用されています。

 

 脳波研究の課題とは


臨床の現場では、脳波判読の結果というのはあくまで補助診断になります。脳波によって確定診断ができる疾患や、この疾患であれば特徴的な脳波が出ることがはっきり分かっている脳波成分は、一部のてんかんを除いて殆どないと考えて良いと思います。ですから、ある疾患で異常な脳波所見が確認されることがありますが、他の疾患でも非特異的に出ることがありますし、 健常人でもそういう脳波が出ることもあります。例えば、眠たくなった時です。薬物治療の影響が出ることもあります。

それからアーチファクトです。頭皮脳波は非常に微弱な生体信号なので、体が動いた時にちょっとしたアーチファクトの中に脳波の信号が隠れてしまいます。そのような脳波を取り巻く弱点をうまく避けながら、 脳波を綺麗に取り出して、ある状態、ある疾患、ある認知機能等との相関を見る試みがこれまでなされてきました。また、最近では、脳波の研究が盛んになってきていると感じます。他の方法をやり尽くした研究者が脳波研究に戻ってきて、有力なジャーナルにも脳波の研究成果が載るようになってきました。一方で昔から脳波をやってきた研究者達が、脳波の問題点をうまく回避しながら結果を出し、やっと認められつつあるというところです。

ちなみに、脳活動を評価する技術としてfMRI(磁気共鳴機能画像法)やNIRS(光トポグラフィー)などがありますが、脳波に限らずどのような技術も完璧ではありません。例えば、fMRIは空間分解能が優れた技術ですが、脳の神経細胞の電気的活動を直接見ているわけではありません。ヒトの活動に伴う神経代謝や脳血流量の変化を間接的に捉えており、しかも極めて瞬時に変化する脳の神経細胞の活動を数秒遅れで捉えているという点に留意する必要があります。

――ウェアラブル脳波の興隆と課題

脳波計測の進歩の背景には、デバイスと信号処理技術の発展があります。コンピューターの世界で起きたダウンサイジングが、脳波計の世界でも起きました。初期のデジタル脳波計は、一部屋を占拠するような巨大なものでした。数十年前までは、FFT(高速フーリエ変換)を1回実行するのに凄まじい計算をしていました。やがてエコー(超音波画像診断装置)位の大きさになり、それが今は手のひらに乗るようなサイズのウェアラブル脳波計までダウンサイジングしました。ハード、ソフトの両面での進歩は、脳波研究の追い風になっています。

PGVのパッチ式脳波計を含め多くのウェアラブル脳波計の強みの一つは、無線仕様であることです。今も臨床で使われている従来型の脳波計のほとんどが有線仕様で、様々な雑音(ハムノイズ)の原因になります。近くにパソコンや交流電源の機器があると、頭部の電極から伸びている有線がアンテナの役割を果たしてハムノイズが乗ってしまいます。解析時にフィルターである程度処理できますが、ハムノイズ周辺の、例えばガンマ波の成分を確認したい時には邪魔になります。

さらに、ウェアラブル脳波計の多くがドライ電極を用いており、信号が安定しないことが多いのですが、パッチ式脳波計は、ウェット電極である固形ゲルを用いていることでこの課題をクリアしていると理解しています。また、従来の臨床用の脳波計では電極糊や導電性ゲルを使用するため、ベトベトするので結構扱いが面倒ですが、パッチ式脳波計では固形ゲルを採用することで取り扱いを簡便化していると思います。敢えて要望を言わせてもらえれば、研究者にとっては、パッチ式脳波計の消耗品価格が下がれば非常に有難いです。これは保険適応されて医療機器として臨床現場に実装される際にも非常に重要なポイントだと思います。

ウェアラブル脳波計に係る課題について指摘しておく必要があります。1924年にHans Berger(ドイツの神経科学者、精神科医)が脳波を発見して今年で100周年になります。以降、脳波は人類共通の貴重な生理学的現象として活用されてきましたが、これまでは臨床や基礎研究などの限られた現場で、専門知識を持った臨床家や研究者などに独占されてきました。近年のウェアラブル脳波計の登場により、今後は専門知識を持たない一般の人々が自分の脳波にアクセスできる未来がそこまで来ています。だからこそ、ウェアラブル脳波計の製造業者や販売業者の皆様には、ウェアラブル脳波計の有用性、安全性、有効性を裏付ける科学的根拠を提供し、可能性ばかりでなく限界も正確に広く伝えていただく必要があるのではないかと思います。ウェアラブル脳波計の事業者の中には、この点の認識が未だ十分浸透していないと感じます(3)。

 

 今後の研究の展望


阪大で実施されたパッチ式脳波計とAIを用いた認知症の早期診断に係る研究は非常に有望な方向性ではないでしょうか(4)。認知症の初期スクリーニングが簡便にできるようになれば、患者さんにとって福音になると思います。昨年上梓されたレカネマブというアルツハイマー病の治療薬を選択するためには、アルツハイマー病であるという鑑別診断とともに、髄液検査かPET検査を施行してアミロイドベータの蓄積を確認し、MRI検査で特有の脳異常がないことを確認しないといけません。アルツハイマー病の鑑別診断や侵襲のある髄液検査は、施行可能な医療機関は限られています。またPET やMRIは非常に高価で大掛かりな装置で、強磁場や放射線の曝露リスクもあります。それら全てを脳波で置き換えるのは無理ですが、認知症の専門医療機関に患者さんを紹介するために、一般の医療機関で脳波を用いて安価に簡便にスクリーニングできれば、MMSE等の心理検査とあわせて用いられる客観的な検査として有望ではないかと思います。 医療費削減の可能性もあるかも知れません。

――リハビリでの脳波研究への思い

そして、我々が今まさに取り組んでいることは、作業療法などのリハビリテーション分野での脳波の活用です。これまで、リハビリしている最中に患者さんが集中しているかどうか、リハビリテーションの効果が上がっているのかを客観的に評価する指標がなかったため、術後のセラピストの感触や患者さんの反応という主観的な情報に頼らざるを得なかったのですが、脳波を用いることで客観的なバイオマーカーを開発できるのではないかと考えています。

また、ニューロフィードバックも関心のある領域です。慶應義塾大学理工学部の牛場潤一先生が創業されたLIFESCAPES社では、脳波を使った脳卒中などによる手指麻痺のリハビリテーション用途のブレインマシンインターフェース技術を実用化しています。外骨格型の手のロボットを装着して、脳波との相関を見て手を運動させるというニューロフィードバックです。脳波のどの成分を見ているのか不明確なニューロフィードバック研究が多いなかで、同社は体性感覚・運動野に出現するミューリズムをターゲットとしてエビデンスを構築されています。私も、リハビリテーションにおいて、明確な脳波成分を指標として使ったニューロフィードバック研究を行っていきたいと考えています。


 

  1. Ishihara T, Yoshi N. Multivariate analytic study of EEG and mental activity in juvenile delinquents. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1972;33:71-80. doi: 10.1016/0013-4694(72)90026-0.
  2. Ueno K, Ishii R, Ueda M, Yuri T, Shiroma C, Hata M, Naito Y. Frontal midline theta rhythm and gamma activity measured by sheet-type wearable EEG device. Front Hum Neurosci. 2023;17:1145282. doi: 10.3389/fnhum.2023.1145282.
  3. ウェアラブル脳波計のPOCT (Point of care testing : 簡易迅速検査) への応用の可能性. 石井良平, 木下利彦. 臨床神経生理学2023;51:105-106. doi: 10.11422/jscn.51.105.
  4. Hata M, Miyazaki Y, Mori K, Yoshiyama K, Akamine S, Kanemoto H, Gotoh S, Omori H, Hirashima A, Satake Y, Suehiro T, Takahashi S, Ikeda M. Utilizing portable electroencephalography to screen for pathology of Alzheimer's disease: a methodological advancement in diagnosis of neurodegenerative diseases. Front Psychiatry. 2024;15:1392158. doi: 10.3389/fpsyt.2024.1392158.