ある日。
「ハル先輩〜。ちょっと相談、いいですか?」
「ん、なに?マリさん」
「このまえの先輩のブログ読んだんですけど。あの集中について書かれていた記事です」
「ああ、読んでくれたの!どうだった?」
「すっごくわかりやすかったです!
それでですね、お問い合わせをいただいてる案件のいくつかで、
関係しそうだったので、あのブログをご紹介したんです」
「うんうん」
「それで、次のお打ち合わせで、お客様に詳しくご説明することになって。
事前準備しようと思って、私も勉強したいんですが教えていただけます?」
ミーティングルームに移動して話の続きです。
「先輩。まずは、私の思いつく「そもそも集中ってなにか?」
のポイントをメモに書き出してみたんですけど・・・」
「わぁ、がんばったね! 事前にちゃんと自分の仮説を書いてみるなんて、すばらしい!
・・・うんうん。いいポイントを出せてると思うよ」
「ハル先輩も、こういう感じのアイデアだしってやりました?」
「うんやったよ。それも思い出しながら、マリさんのアイデアをまとめてみない?」
上記でマリさんが書き出したメモは、「集中」というあいまいなものを、抽象化、つまりなんらかの "モデル化" しようとしてるわけですね。
たとえば、Webで"集中(力)"について検索すると "R.M.ナイデファー" というひとの集中理論がヒットします。その内容は
という2軸にわけて集中を考えるもの。
これはひとつの "集中のモデル化" ですね。
「たとえば、"外側x広い範囲" という組み合わせの具体例としては、
・サッカーの試合で
・味方と相手の多数のプレイヤーと
・ボールに注意しながら
・プレイに集中する
みたいなシチュエーションが考えられる、という感じかしら」
「なるほど〜」
「でもこのモデル、抽象的でスッキリしてるとは思うんだけど、
私たちの場合、脳波解析の実験理解のために使いたいでしょ?
あまりに抽象的すぎてうまく使いこなせなかったのね」
「そうなんですね」
「ちょっとChatGPTに相談してみようか」
(ChatGPTに対するプロンプト例)
「集中力」について考えてるんです。人生の色々な場面で、いろんなタイプの集中が必要とされるけど、
その種別を「集中によって解消しようとしている課題・Problem」と対にして、
できるだけ明確に、数種類に区分してまとめてくれない?
たとえば、こんな質問を起点にChatGPTにもアイデアをもらい、マリさんのアイデアメモをまとめてみました。
※ あくまでも、わたくしたちなりのまとめなので、標準的なものではないことにご注意ください。
上記は
A. 持続的集中力
B. 選択的集中力
C. 危険回避的集中力
D. 緊張解消的集中力
という4つのカテゴリと、それに対して「肉体的・頭脳的」というシーンと具体例を考えてみた、というモデル化です。
この内容をもっと簡潔に、ユースケース的にまとめてみたのが、この図です。
ユースケースに注目して「集中」を抽象化すると、このくらいに絞り込めるのでは?
「なるほど〜、さっすがハル先輩。あのブログの陰には、こんな影の努力があるんですね・・・」
「いやいや・・・(笑)。でもユースケースとしては、わりとすっきりしたみたいね。
こういう風にまとめると、お客様が図中のどの領域で集中度を調べたいのか、が議論しやすいし、
その領域で私たちに経験があれば、スムースに実験計画が立てられそうでしょ?」
「はい!
・・・でもハル先輩いまさらですけど、
"集中" って脳波でしか測れないものなんですか?
たとえば、集中したいのにできないとき、焦って汗かいたりとかするし、
別の方法でも調べられたりして」
「確かに、集中については他の生体信号を使う手法もあるのよ」
たとえば「生体信号 集中度 調査方法」でWeb検索してみると、見出しだけでもたくさんの生体信号のキーワードがみつかります。
* 脈波・心電 (心拍)
* 体動
* 眼球運動
* 瞳孔径
* 呼吸
* 発汗 etc.
これらの生体信号が、集中の測定に、実際どのくらい有効かまでは、わたくしも全部調べきれていないのですが・・・
「でも、私は脳波が本命だろうって思ってる」
「どうしてですか?」
「上のリストの中では、"呼吸" 以外は自分でコントロールできるものではないでしょ?
つまり、心拍も体動も眼球運動も、"集中の結果" が現れている、と考えていいと思うの。
それに、例えば瞑想では、"呼吸" をコントロールして瞑想状態に入っていくけど・・・」
「瞑想って集中そのものですね」
「でしょ?
瞑想時に呼吸をコントロールしているのは意識="脳"。
"脳"が"呼吸"を媒介して、瞑想状態=集中状態に移行している。
瞑想においては、脳活動の変化も"集中の結果"かもしれないけど、
だったとしても、脳が起点でもある。右図みたいな感じかな。
こういう順番で考えると、
脳活動が最もダイレクトに集中を反映している、って思うの」
「はい、思っちゃいますね!
脳波と集中についての科学的なエビデンスはありますか?」
「うん、どういう脳波状態が集中度と関係しているか、について調べている文献があるわ」
1つ目は、PGVの脳波計を使った研究。
『Frontal midline theta rhythm and gamma activity measured by sheet-type wearable EEG device』
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnhum.2023.1145282/full
論文のタイトルにもあるように "Frontal midline" つまり "前頭正中部" でのシータ波の脳波とガンマ波の活動を計測し解析した論文です。
特にこのシータ波は「Fmθ(エフエムシータ)」と呼ばれることもあり、高次の精神活動で誘発される、特異な高振幅の脳波とされています。(例えば http://www.nagaishoten.co.jp/search/book/2020/978-4-8159-1921-4.html などに詳しい)
論文の中では、認知タスク (1000から7を引いていく、暗算タスク) と、FmθとGammaの変動の関係を調べています。
被験者には1000から7を引いて993、993から7を引いて986・・・というふうに、順次引き算を目を閉じて頭の中で暗算してもらいます。これは、単純ですが一定の集中を要するタスクですね。(論文では「ワーキングメモリを使用するタスク」とされています。)
この計測脳波を統計的に比較すると、被験者20人中12人で
という現象が見られました。
なお、脳の記憶を司る部位である「海馬」では、8Hzぐらいの周波数の強い脳波が観測されることが知られています。この脳波は、神経細胞の集団が同期活動をすることによって生成される、といわれていて、シータ波の帯域にあたります。そのことから、シータ波の発生との関係も考えられます。
2つ目の研究は
『EEG alpha and theta oscillations reflect cognitive and memory performance: a review and analysis』
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0165017398000563
この文献では、アルファ波とシータ波が、認知と記憶の活動を反映している、と示されています。特に
がタスクに対する脳の活動を反映していて、特に、個人差・年齢差のある周波数帯を固定で観察するのではなく、被験者ごとにアルファ波とシータ波の帯域を調整し、アルファ波とシータ波の帯域のパワーが、基本状態とタスク状態でどう変化するか、を比較する手法が示されています。
これらの文献は、集中を扱う実験でのPGVの基礎文献となっています。
みなさまも、集中を調べる実験計画などでご活用いただければと思います。
2024.09.25
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