NAIS Entryで「色刺激の違いを脳波で見分けることができるか?」を確認してみた
以前の記事で、「脳波によってヒトの活動や状態を詳細に評価できる」と説明しました。また、別の記事では「脳波からヒトの状態や活動を詳細に確認するにはAIを活用することが有効であり、そのためにはヒトの活動や状態をラベルされた脳波データを収集する必要がある」と述べています。
前回の記事では、聴覚(音楽)刺激を脳波で見分ける事例を紹介しましたが、今回は、色点滅刺激による脳波反応の確認を例にとって説明します。
ヒトは外界からの情報を得るのに主に視覚を利用していて、その割合は約7割と言われています。色はその視覚情報の中でも重要な要素の一つです。
ヒトが鮮やかな色を認識できるのは網膜に3種類(青、緑、赤)の「錐体細胞」と呼ばれる細胞があり、色を感じるセンサーとして働いているからです。錐体細胞に届いた光(色刺激)は電気信号に変換されて脳の視覚野に送り届けられます。そして、脳は届いた信号を「色」として解釈して視覚に反映させます。したがってヒトは青細胞、緑細胞、赤細胞の信号強度の強度分布を「色」として認識しているのです。光の三原色が青・緑・赤となっているのはこのためです。
今回の試験では、点滅する色刺激を観察中の被験者の脳波を計測し、その中の定常視覚誘発電位(SSVEP)の発現を確認しました。SSVEPは、脳波の中でも周期的に点滅する視覚刺激によって誘発される成分です。視覚刺激の点滅周波数と同じ時間周波数で現れるようになります。そのため、SSVEPは色刺激に対する脳活動だけをピンポイントで取り出すことが可能です。例えば、10Hzの点滅する色刺激を見ると10Hzの脳波が増幅されることになります。
今回の試験の結果、被験者3名での脳波計測とAI解析で色刺激の違いを高い精度で見分けることができました。

異なる色刺激を与えている時の脳波計測方法
以下のような被験者、色刺激を用いて脳波の計測とAI解析を行いました。今回は特に下記の論文を参考にパッチ式脳波計とNAIS Entryを使用しました。詳細は以下で説明します。
D. Regan, “An Effect of Stimulus Colour on Average Steady-State Potentials Evoked in Man,” Nature, vol. 210, no. 5040, pp.1056-1057, 1966.
- 被験者
今回は被験者3名としました。
- 使用する色刺激
赤色および黄色の10Hz点滅
- その他試験に必要な設備・環境
1.パッチ式脳波計
2.NAIS Entryアプリがインストールされたタブレット
3.10Hzの点滅する色刺激を表示する動画(PC)
- 脳波の計測
下図のような手順(PGVでは試験プロトコルと呼びます)で色刺激を見て脳波計測を行いました。
今回の試験は2日に分けて行いました。1日のスケジュールは以下のようになります。

試験では以下の3つタスクに分けました。各タスク間は前に見た色刺激の影響を十分に取り除きリセットするために5分のインターバルを設けました。
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- TASK A:Red → 色刺激(赤色)を見る
- TASK B: Yellow → 色刺激(黄色)を見る
- TASK C: Relax → 何も色刺激を見ない
各タスクでは、下記①〜③の手順で計測しました。この①〜③の計測手順はNAIS Entry固有の計測手順です。
①開眼安静→②タスク(色刺激を見る、もしくは、何もしない)→③開眼安静
NAIS Entryアプリの指示にしたがって設定、試験を開始するとアプリが脳波計と連動して計測し、①〜③のラベルや被験者等のその他情報を付加して脳波データを記録してくれます。NAIS Entryを使用している様子等の詳細はこちらを確認ください。
3つのタスクを3人の被験者全員について完了すると、試験は終了です。試験終了後にデータをサーバにアップロードすると、NAIS Entryサービス(サーバ処理)がデータ整理を自動で行います。
計測した脳波からNAIS Entryで脳波AIを構築
NAIS Entryではアプリから脳波データをアップロードすると、複数のAIを継続して作成し、その性能を評価します。性能がこれ以上向上しないところまで行き着いた時点で作成を終了し、その中で最も成績のよいものを最終的な結果として返信します。ここでいう性能とは、脳波AIが予測した値と実際の値がどのくらいの精度で一致しているかを示す指標です。 この結果を見ることで、「脳波で色刺激を見分けることができるか?」さらに言うと「色刺激が脳波にどの程度影響を与えるか?」を理解することができます。
NAIS Entryでは上述の様に①〜③の計測手順があるのですが、この記事では被験者全員の脳波データから上述の手順で計測した③の脳波データを使用した脳波AIの結果について解説します。③は色刺激を見た後の状態を読み取った脳波であり、「色刺激を見た後に脳の状態に変化があるのか?」を確認することができます。NAIS Entryでは2つの状態の脳波比較のみに対応しており、今回は以下の組み合わせを確認しました。NAIS Entryでは、以下のそれぞれで一つのレポートを出力しました。
- Relax vs Red
- Relax vs Yellow
- Red vs Yellow
もう少し詳しく説明すると、例えば、「Red vs Yellow」では、「③の脳波を入力するだけでAIはRedとYellowのどちらの色刺激を見た後なのか正しく判別することができるか?」を確認しています。結果としては、判別率は83.8%を記録しており、それぞれの色刺激を見た後ではそれぞれ違う脳波の状態になっていることがわかります。下記のNAIS EntryのAIレポートで正解率を確認できます。
課題時判別
課題時の判別率は参加者全体(2日間平均)で、以下のようになりました。
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CH3
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CH5
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CH7
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relax vs red
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0.895
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0.884
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0.780
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relax vs yellow
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0.875
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0.807
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0.792
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red vs yellow
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0.823
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0.786
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0.838
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寄与率
特徴量ごとの寄与率は以下のようになりました。
寄与率が一番高い特徴量は以下のようにほとんどGamma(ガンマ波)でしたが、2番目3番目あたりに、Alpha(アルファ波)やL_Alpha(低電位アルファ波)、BrainRate、M_Alpha(中電位アルファ波)などが見受けられました。アルファ波は周波数が8~13Hzの脳波であり、10Hzの点滅する色刺激によってアルファ波が増幅されていることがうかがえます。

※0521_CH5_red vs yellow 寄与率
また、個別には参加者1で以下のような寄与率が見られました。

※0521 sub1 red vs yellow CH7 寄与率
このように、10Hz視覚刺激によって、アルファ波帯域(8~13Hz)のパワー変化が課題間で顕著であったと考えられます。
周波数変化
チャンネルごとの前後安静時との周波数の比較は以下になりました。


※0521 sub1 CH7 exp1, 2
※上記周波数変化のグラフは参考的な解析でNAIS Entryの標準解析結果に含まれません。
黄色刺激時は10Hzでタスク前後と比較し、増加が見られます。また、赤色刺激時においては9Hzでタスク実施時に顕著な増加が見られました。これにより色刺激の点滅の周波数と一致した周波数の脳波が増幅されていることが確認できました。
ここで、タスク実施時それぞれのPSDを確認すると、以下のように10Hz付近の振幅が赤色>黄色となっています。これは先行研究と同様の結果です。
まとめ
この試験では、色刺激が脳(の前頭葉)に影響を与えることがわかりました。このようにNAIS Entryでは脳波計測から脳波AIで解析を簡単に行うことができます。